町に一つの病院で信頼を回復して、 少ない資源を互いに補いあう関係づくりへ
グッドネイバーズストーリー #1 ~北海道旭川市・住友さんの取り組み~
町の医療に対して、病院も行政も住民も無責任だった
“当時、中頓別町には医者が自分一人しかいなくて、看護師不足のために看護師長のポジションは空いている状態でした。赴任してまず直面したのは、現場任せで運営方針のない病院の体制と、新しい事や変化を嫌う職員の体質、重症な患者は自分たちで診ずに中核病院に丸投げしてしまうような現状でした”
こう語るのは、現在、旭川医科大学で循環器内科の医師としてはたらく住友さんです。平成16年、自分が生まれ育った北海道中頓別町にもどり、医師として着任した当時の事をこう振り返ります。
中頓別町は、北海道の北部の人口およそ1800人の町。旭川までの距離は約170キロ、車だと約3時間かかるところに位置しています。これを関東地方の地図にあてはめて考えると、東京から新潟県や福島県までいける距離です。広大な土地の中に、町と町が点々と離れて存在している北海道では、札幌のような都市部でない限り、どの地域も医療過疎の問題を抱えています。北海道には医学部のある大学病院が三つありますが、そのうち二つは札幌にあります。そのため、住友さんの現在の職場で、北海道中部に位置している旭川医科大学は、北海道の右側のエリアをすべて、面積にするとほぼ九州と同じ大きさの土地をカバーする医療拠点ということになります。例えば、特別な医療技術を身につけた専門医になると、北海道北部に一人しかいないような現状があるそうです。
赴任直後の町の病院は住民からの信頼は薄く、患者は町の外にどんどん流出してしまうような状態でした。また、医師として派遣されてきても、住民の態度は「こんな田舎に来るような医者なんて・・・」というもの。せっかく高いモチベーションをもってやってきた医師も、これでは町に居ついてくれません。地域医療が抱える問題の中には、地域側の問題も少なくない。行政・病院・住民それぞれの立場が町の医療に無責任であることが地域医療をダメにしている。住友さんは、これを何とかしなければいけないと思いました。
小さな町ではじめた大きな改革
町に一つしかない病院なので、子供から高齢者まで、風邪から心不全まで、救急も24時間対応します。人間ドックや検診、予防接種もやる。学校医として健康教育や啓蒙活動もする、まさに総合診療医です。
こんな中、院長としての最大の課題は、年間1億数千万円に及ぶ町営の病院の赤字をどう減らすかでした。高齢化が進むこの町では、いったん高齢の患者が入院して回復期に入ると、退院後の受け取り手が在宅か老人ホームか病院にいつづけるかしか選択肢がありません。今後も高齢者は増え続けるけれど、町に新しい施設を建てるお金はありません。つまり、病院だけでなく行政や住民の協力も得ながらの医療改革が必要不可欠でした。医療の質を保ち、病院に対する住民の信頼を回復し、経営を改善するため、住友さんは、町長や行政各課のスタッフ、病院のスタッフに働きかけ、町全体をわたってチーム医療体制をつくることを始めます。
病院の理念をつくり病院職員や行政各課とのビジョンの共有をしたり、研修プログラムでスタッフのやる気を引き出して伸ばす工夫をしたり、行政や消防などの関連部署との連携を図るため「中頓別地域医療研究会」という自主勉強会を設置したりと、色んな取り組みを行いました。
地域ケア会議に消防隊が参加するきっかけとなった自主勉強会
住友さんの声かけではじまった「中頓別地域医療研究会」は、行政スタッフ、病院スタッフ、調剤薬局、保健師(行政)、救急隊、介護師、整骨院など地域医療を担っている様々な分野から参加者を集めました。ゲストスピーカーの話を聞くだけでなく、事例共有のあとロールプレーをしたり、一次救命処置のトレーニングをしたりと、シュミレーション型・体験型の方が人気だったのだそう。勉強会の後には懇親会がセットになっているので、ここで話をすると、これまで知っているようで知らなかった多職種との理解の場にもなっていました。
勉強会を一緒に立ち上げた一人に、中頓別町消防署員で救急救命士の炭谷さんがいます。実は、この勉強会の成果のひとつとして、中頓別在宅高齢者等地域ケア会議に消防が呼ばれるようになりました。
“勉強会の前は誰も連携していませんでした。しかし、実際は町の中にスタッフが少ない分、互いに連携しないといけなかった。勉強会や懇親会を経て、遠い存在が実は近かったとか、同じ悩みを共有できているんだということに気づいたことがとても大切でした。互いにできないことは何で、できない場合はどこと手をつなげばいいのかというのが分かるのがいい。勉強会を経て、保健士さんに「マンパワーが必要なんだけど」と相談をされるようになったのも、以前は声をかけづらい雰囲気があったんだと思います。そして、結果的には多職種連携をどこよりも早くやってたことになるかもしれませんね”と振り返っています。
互いにできないことを補いあうことで連携が一層深まる
地域ケア会議では具体的なケースを共有します。そうすると、救急隊にとっては、その人が普段どういう状況にあるのか、前情報を得ることができます。普段、救急隊は、状態が悪化した場面しか見ることができないため、その人の日常の生活動作レベルと比べてどのぐらい落ちているのか、普段はどんな薬を飲んでいるのか、認知症や糖尿病があるかどうかなどは、分かりません。しかし、保健師は家庭訪問しているので、その人が普段、家のどの場所にいるのかまで分かっています。実は救急隊にとって、家の構造を事前に知っている事はとても重要なのです。勉強会に参加することによって、こうした多職種間の補完関係が生まれるようになりました。
中頓別町の消防署には炭谷さんのような救急隊員が12名(うち救命士は6名)、救急車が2台あります。救急車の隊員乗り組み人数は3人がスタンダード。日中の救急要請の場合は問題ありませんが、夜間に救急要請が入ると、消防署には隊員が二人しか待機していません。そんな時、中頓別町では救急要請があった場合、自宅待機の二人に電話連絡し、連絡を受けた救急隊が家から駆け付けて出動しています。人手が足りている都市部の救急隊は、炭谷さんのこの話を聞いて、みんなびっくりするそうです。中頓別町では、こうして限られた人員で町の健康を守るための対応策が組まれているのです。
地域の人たちを巻き込んで森林療法で予防活動
住友さんは、病院や行政の中だけでなく、住民にも働きかけました。この地域では、白菜の漬物を良く食べるため、塩分摂取量が高く、高血圧の人が多い。しかし自分で気づいて治療をしている人は、実際に高血圧の人の半分、その中できちんと塩分コントロールができている人は更に半分、「半分/半分の法則」があるといいます。高血圧の人は、夜間に病院に運ばれて来る人も多く、限られた医療スタッフが夜間対応をしなければならない。これを何とかできないかと考えました。
そこで始めたのが、中頓別森と健康プロジェクトです。人はストレスがかかると交感神経が刺激されて血圧が上がります。逆に副交感神経が活性化されると血圧は下がる。森の中を歩くと、木々の新鮮な空気やそこに漂う森の香りの効果で副交感神経が働くので、ストレスが低くなり、血圧も下がる傾向が分かりました。地域資源の森林を活かした森林療法です。患者と医者という関係が色濃く出てしまう病院ではなく、森の中で役割を越えた関係の中で予防活動ができる、とてもユニークな取り組みではないでしょうか?
“医者はもっと地域に出て未治療の人たちにむけてアプローチすべきだし、自分が高血圧だと気づいていない人たちのことは保健師が良く知ってるわけだから、もっと彼らと連携すべきだとおもいます”
と住友さんはいいます。病院の中で、病気の人を診るイメージが強い医師という職業ですが、住友さんはまったく違う印象の医師です。
中頓別での取り組みを経て、その後どうなったのか。住友さんは、取り組みの前後で患者の満足度アンケート調査を実施しました。「中頓別の診療所を他の人に紹介できますか?」という質問項目に対して、赴任直後は、住民に信頼されていなかった頃に20%弱だった「はい」という回答は、80%強まで上がっていました。そして、実際に他の地域に行っていた入院患者が減って、中頓別町の入院患者数が増えたそうです。住民の信頼が得られればきちんと病院に来てもらえる。そう実感したといいます。
中頓別町の地域医療改革を経て、現在、旭川医科大学に戻ってきた住友さん。現在は、次の改革として、地域医療の若手教育に力を入れていらっしゃいます。